第86回多言語社会研究会例会のお知らせ

6月26日(土)に、第86回研究会例会をオンライン(Zoom)にて開催いたします。

みなさまふるってご参加いただきますよう、お願いいたします。

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日時:2021年6月26日(土)14:00-18:00

場所:Zoomにて開催します。

参加費:無料


報告者1:佐藤孝一(日本大学大学院 総合社会情報研究科)

「コロナ禍における方言エールの類型の実態調査-日本語学習者の方言理解促進を目指して-」

 地震や水害などの自然災害で被災した地域では、その地域の方言を使って、人々を励まし鼓舞するメッセージを掲げることがある。このような方言の活用は「方言エール」「方言スローガン」と呼ばれている。2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震の被災地も例外ではなく、「けっぱれ!岩手」「がんばるけん!熊本」といった方言エールが被災地域の商店街などに掲げられていた。

 2020年に始まった新型コロナウィルスの感染拡大においても、方言を用いた「エール」や「スローガン」が見られるが、それら二つの類型とは異なるものも見られるようになった。そこで、東日本大震災と熊本地震の後とコロナ禍で見られた方言エールや方言スローガンの共通点と相違点を調査・分析した。東日本大震災と熊本地震で見られた主要な類型は「エール/スローガン+地名」だったが、この類型はコロナ禍においては見ることができなかった。また、コロナ禍では、ウィルス感染の拡大予防の観点から、短文を使ったエールやスローガンだけではなく、文章によるメッセージも見られるようになった。

 方言は標準語よりもメッセージを聞いている人や見ている人々を元気づけたり、親近感を与えたり、心に強く響かせることができる。しかし、使い方を間違うと強い否定感を与える場合もある。このような方言の活用方法やその方言から与えられる印象を理解することは、日本語学習者にとって重要な学習要素である。なぜならば、日本国内で日本語を学習する外国人は、学習者としてだけでなく日本社会の生活者としての一面も持っており、特に地方で生活する日本語学習者にとって、方言理解は地域コミュニティと繋がりにも影響を及ぼすかもしれないからである。

キーワード 言語景観、方言教育、日本語教育、コロナ禍、方言エール


報告者2:藤田ラウンド幸世(国際基督教大学)

「消滅危機言語、宮古語のビジュアル・エスノグラフィー:言語の再活性化への協働実践」

 21世紀の日本社会では大きく分けて、1)先住民言語のアイヌ語と琉球王国時代からの琉球諸語、2)オールドカマー母語であった韓国語や中国語、3)ニューカマーの母語であるポルトガル語やスペイン語、4)非漢字圏のニューカマー移民の母語、フィリピン語やネパール語などのアジアの言語、5)書記言語でも音声言語でもない「手話言語」が現存し、「日本語」以外の多様な言語が日々使われている(Fujita-Round& Maher, 2017)。

 本発表では、その中でも、「消滅危機言語」と名指されている琉球諸語の一つ、宮古語の、言語の再活性化の可能性を探る縦断的な調査を基に消滅危機言語の「見える化」と言語の再活性化における協働実践について考察する。

 映像化に至るまでには、2012年からの宮古島市での小学校や中学校での授業実践や意識調査、また、そこから発展した一つの集落でのフィールドワークがある。フィールドワークの中で、試行錯誤を重ね、インタビュー対象者である宮古語の話者を映像で記録をするビジュアル・エスノグラフィーとそのアーカイブ化に至った。音声言語である宮古語を映像で話者ごとの生データといった言語の「ドキュメンテーション」ではなく、この映像を言語の再活性化のためのドキュメンタリー映画にすることを踏まえ、アクティブなインタビューを2015年から2017年に行い、撮影した。

 本調査地の宮古島市のある琉球弧の近代史を振り返るときに、消滅危機言語と名指されるまでになった背景として、明治期の標準語政策や太平洋戦争、また、アメリカ合衆国の占領下に置かれた歴史が沖縄県の人々の言語に対する態度に影響を及ぼしている。このような20世紀に起きたマクロの言説については数々の先行研究の蓄積がある。本研究ではミクロなレベルで、宮古島市の現在の島民の人達と、言語の再活性化の取り組みを協働するという行為が宮古島市の人々が20世紀を超えることにつながるのではないかと捉え、実践したものである。

キーワード:宮古語、言語のエスノグラフィー、ビジュアル・エスノグラフィー、消滅危機言語、言語の再活性化