第90回多言語社会研究会例会のお知らせ

第90回多言語社会研究会例会を、オンライン(Zoom)にて開催いたします。

みなさまふるってご参加ください。

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日時:2022年6月25日(土)14:00-18:00

場所:Zoomにて開催

参加費:無料

<報告1>

ジャブコ・ユリヤ(茨城キリスト教大学)

「在日ウクライナ人の言語意識―ロシアによる戦争の影響をめぐる考察―」

 現代ウクライナの言語状況は植民地化されていた社会の遺産である。ソ連時代にソ連を構成していた15の共和国の一つだったウクライナは、人為的に形成されたソ連文化(実際には、帝政ロシアから引き継いだロシア文化)の影響を受け、ロシア化政策が強力に推進された。その結果の一つとして、ソ連時代には多くのウクライナ人がウクライナ語からよりステータスの高かったソ連の公用語であったロシア語に移行した。

 1991年にウクライナは独立し、1996年に制定された「ウクライナ憲法」上でウクライナ語が同様に唯一の国家語と規定された。しかしながら、独立後もウクライナ語政策の効果は小さかった。法律上ではマイノリティ・ステータスを持つことになったロシア語だが、特に人口的にロシア語話者が多い東部と南部のウクライナにおいて、事実上変わらず優位の状態にあり、マスメディア、教育的、政治的、社会的な範囲において広く使用されていた。このような複雑な言語状況に加え、2014年にロシアのプーチン大統領が、ウクライナにおけるロシア語系住民の保護を理由に、初めにクリミア、その後ウクライナ東部のドンバス地方に軍事侵攻した。このような状況の中で、ウクライナ語は国家の安全保障の手段として見られることになり、ウクライナの言語政策やウクライナ人の言語使用にも変化が見られるようになった。そして2022年2月24日、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まり、ウクライナ全土が激しい攻撃を受けている中で、ウクライナ人の言語意識が再び変わるのではないかと推測されている。

 本発表の目的は、在日ウクライナ人が2014年のロシアのクリミア・ドンバスへの軍事侵攻や2022年2月の更なる侵攻によって、言語使用や言語意識がどのように変わったかを分析し、ロシアによる戦争の影響の有無を考察することである。そのために、2022年

3月〜4月6日の間に34人の在日ウクライナ人と実施した半構造化インタビューに基づき、在日ウクライナ人の言語使用がどのように変わったかを考察する。

<報告2>

ズラズリ美穂(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院言語学博士課程)

「琉球諸語の言語計画および政策の手がかりを求めて:オートエスノグラフィとトラセンド理論に基づく聞き取り調査」

 筆者(沖縄語圏の沖縄県読谷村出身)は現在、博士研究として、琉球諸語の新しい話者の育成および支援に関する参加型アクションリサーチを実施している。琉球諸語(沖縄語もそのひとつ)は主に琉球諸島で話されている日本語の姉妹言語であるが、過去半世紀で言語の世代間継承が急速に衰退し、それに伴い、世代間の記憶の断絶に伴うアイデンティティの混乱もしくは存在不安が若い世代に影を落としている。また、現在、産学官民で多様な立場性と見解を持つ人々が積極的に琉球諸語の言語記録や言語再活性化に取り組んでいるが、分野間の連携の難しさが長年の課題となっている。そこで、琉球諸語を取り巻く独自の現状に即した言語計画および政策の手がかりを得るために、本稿では、沖縄語を家庭や地域で自然継承できず、言語再活性化の取組みを介して初めて成人してから世代間および世代内継承を試みている筆者自身の内面の変化(現在の博士研究のテーマに出会うまでとその後)をオートエスノグラフィで追うとともに、現在、同僚と共同実施している、琉球諸語関連の研究もしくは活動に携わる様々な人々への個別聞き取り調査の中間所見について考察したい。この聞き取り調査は、Johan Galtung氏のトラセンド理論に基づき、理論的飽和に至るまで期限を設けずに実施する予定である。